世界で最も薄い「Boombox」
- 80年代のヒップホップへのオマージュ
TDKは創業以来、「創造によって文化、産業に貢献する」という社是を受け継いできました。Kingpin*としても知られるハッカー王ジョー・グランドとコラボレーションした「Boombox」では、「文化」「産業」「創造性」という3つのキーワードがひとつの形になりました。ブレイクダンス、ヒップホップカルチャーへの融合、超薄型スピーカという最先端の製造技術、そしてTDKの歴史へのリスペクトが集結したこのプロジェクトのインスピレーションはTDKのPiezoListen™スピーカから生まれました。
*ボウリングのヘッドピンを指す言葉。先頭に立って組織を引っ張る重要人物を例えるスラング
ハッカーの王様
米国出身のエンジニアのジョー・グランドは、サイバーセキュリティの専門家で、Kingpinとしても知られており、世界で最も熟練したハードウェア・ハッカーの一人です。1998年、初期のサイバーセキュリティシンクタンクの一つであるL0pht Heavy Industriesのメンバーとして、他の6人のメンバーと共に米国上院で政府のコンピュータセキュリティの状況について証言したのを始めに、2020年には、TREZOR(トレザー)ウォレットへのハッキングに成功したり、暗証番号を忘れた所有者のために200万ドル相当の仮想通貨を回収したりと話題を集めてきました。とはいえ、ジョーの真骨頂は楽しむためのエンジニアリングプロジェクト。その一例として、今いる場所から最も近いピザ屋を見つけるための便利なガジェット「ピザ・コンパス」が挙げられます。
アイディアの誕生
当初TDKはTDKの部品で何か新しいプロジェクトができないかとジョーにコンタクトしました。ジョーはTDKの製品ポートフォリオを隅々まで調べ上げ、自動車業界で広く使用されている「PiezoListen™」スピーカに目を付けたのです。ヒップホップ音楽のヘビーリスナーで、TDK製カセットテープから流れる音楽を聴いて育ったジョーは、技術者だけでなく普通の人々をも魅了するアイディアを思い付きました。
「80年代に育ったから、当時のニューヨーク発のサウンドをはっきりと覚えているよ」とジョーは言います。「Boombox(80年代のラジカセ)を友達が持っていて、僕らは近所を歩きながらThe Fat BoysやGrandmaster Flashといったヒップホップ初期の音楽を爆音で流しながら聴いていたよ。周囲は僕らをクレイジーだと思っただろうけど、僕自身は最高にクールだと思っていたよ。」
Boomboxには80年代を喚起するようなハイテクな仕掛けがいくつも施されています。フロントパネルはストリートアートカルチャーをリスペクトしたオリジナルデザインになります。
カセットプレーヤーが最盛期だった70年代から80年代、TDK製カセットテープはマーケットの中心にあり、ラジカセとTDKは切っても切り離せない関係と言えます。ここからジョーのユニークなデザインコンセプトが生まれるのですが、それについては後ほど詳しく。
高さと幅は80年代のラジカセを模してデザインしましたが、薄さはPiezoListen™ の厚み、つまり標準的なIDカード程度の厚みしかなく、世界で最も薄いラジカセとなります。
電圧を利用して圧電材料の変形を制御する圧電効果により、圧電スピーカは音を出します。TDKのPiezoListen™は、ガラス、プラスチック、セラミックなどのあらゆる材質の硬い表面を振動させることで、それらをスピーカとして利用します。
ジョーは言います。「Boomboxの緑色のプリント基板 (PCB) を見たときにこれをスピーカにできるかなと考えたんだ。そしてPCB材料の一部にPiezoListen™を取り付けて試してみたらうまくいったんだ!しかもかなりの音量でね!」
最先端のものづくり
世界一薄いラジカセ作るためには、PCBにスピーカを含む全ての電子機器を搭載する必要があります。そのため、基板は完全に露出されることになります。ジョーは、Boomboxの前面には審美的な魅力があるため、背面はすっきりとしたシンプルなものにしようと考えました。そして、PCBの内側はすべて覆い隠して見えないようにしました。これには、PCBの層間接続が部品のランディングパッド(Landing pads)に直接構築されるビアインパッド(Via-in-pad)を使用する必要があります。これは現代の家電製品では当たり前のことですが、Boomboxの大きな寸法まで伸ばせるかどうかはわかりませんでした。
既存のラジカセの多くにはLEDが搭載されていました。ほとんどのLEDは純粋に装飾用でしたが、一部には例えば音量レベルを示すなど、機能的なものもありました。ジョーは、BoomboxのPCBが実際に光るようにしたいと考えていました。そしてLED用にPCBにスルーホールを開ける代わりに、PCBの一部のみに穴を開けることができるかどうかメーカーに相談しました。このようにすると、LEDが背面から挿入された時、光はPCB素材を通って前面に拡散します。さらにはメーカーが制御された深さのフライス加工ができるとなれば、Boomboxの操作 (再生、一時停止、音量など) に静電容量式タッチボタンを組み込むことも可能になります。
ジョーは、Boomboxの最大の厚み要素である部品とバッテリーを保護するために、シンプルなフレームを追加することでBoomboxは最も厚いところでも指の幅以下に抑えることに成功しました。
最終調整
ジョーは本物のカセットプレーヤーを搭載するつもりはありませんでしたが、80年代のラジカセをリスペクトするにはカセットテープは必須でした。そして、カセットテープを使用するのであればそれに対する機能も必要と考えました。
ジョーのBoomboxの最終設計では、カセットテープを挿入することでの電源オンに加えて、緊急時のバックアップとして通常のオン/オフボタンも組み込まれました。カセットテープをスロットに挿入して磁石が対になるまでシステムの電源が入らないのですが、偶然にもフライス加工の問題から発生したものです。
ジョー・グランドのTDK Boombox
これが世界で最も薄いラジカセです。
ジョーは、アート、音楽、エンジニアリングの融合が、このプロジェクトの醍醐味だったという感想を述べています。「結構大変だったけど、それが僕の好奇心をくすぐったし、皆を魅了するものになると信じてるよ。」
PiezoListen™スピーカについて
圧電効果を利用すると、材料を望ましい周波数で振動させることで電流を循環させて、音を出すことができます。圧電スピーカの用途は数多くあります。特に音響性能とともに小型・軽量であることが極めて重要なカーオーディオシステムにおいて普及が進んでいます。