ニューロモーフィック技術でAIのエネルギー問題を解決
AIの利用拡大に伴いコンピューターに使われるエネルギーが爆発的に増加しています。TDKの開発するスピンメモリスタは人間の脳のシナプスを電気的に真似たアナログメモリ素子です。これを用いて実現する人間の脳を模倣したニューロモーフィックデバイスでは、従来デバイスに比べて100倍以上の省エネが期待できます。この素子技術は、現在生産が進んでいるMRAM*1と類似した技術によって製造できます。TDKはHDDヘッドや磁気センサで培った磁性の技術を活かしてAIに必要なエネルギーを低減するとともに、リアルタイムの学習が可能で使用環境や人にあわせて変化することができる新たなAIデバイスの実現を目指しています。
*1 MRAM:
磁石を使ったメモリ。通常のメモリと異なり、データが消えない(不揮発)。回路の電源を切ってもすぐに起動できるため、計算や待機電力を削減できる。
目次
AI利用の高まりとエネルギー問題
現在、AIの用途は急速に広がっており、身近においてもAIについてのニュースを耳にすることが多くなってきました。現在のAIはクラウドを中心としたものですが、将来的には人に近いエッジにおいて巨大市場へと成長すると期待されています。一方で、最新のAIには膨大な計算資源が必要とされています。AIの発展がこのまま進むと世界のエネルギー消費が爆発的に増大してしまい新たな社会課題となっていきます。 したがって、AIの広範囲の社会実装を実現するためには、この消費電力の大幅な削減が必要不可欠です。これまでは半導体の微細化とデジタルアーキテクチャの進化が技術の成長を支えてきました。しかしながらムーアの法則*2の終焉やフォンノイマンボトルネック*3が現実化しつつある現在では、このアプローチは限界を迎えつつあり、新たな解決方法が強く求められています。
*2 ムーアの法則:「半導体回路の集積率は18ヶ月(または24ヶ月)で2倍になる」という経験則。微細化技術の進化が今日の半導体産業の躍進を支えてきた。
*3 フォンノイマンボトルネック:コンピュータの処理能力を制限する原因の一つ。CPUとメモリの間のデータ転送に制限があることから生じる処理能力の限界を指す。
人の脳の機能を模倣したニューロモーフィックデバイス
消費電力問題を解決する革新技術として注目されているのが、人間の脳の仕組みを模倣したニューロモーフィックデバイスです。人間の脳はおよそ20Wで動作しており、現在使われているデジタルAI計算の1万分の1の電力でより複雑な判断を行うことができる究極の省エネルギーデバイスです。人間の脳は多数のシナプスとニューロンからなる複雑なネットワークによって構成されていますが、ニューロモーフィックデバイスではこれを電気的に模倣します。そのカギとなるのがメモリスタと呼ばれる電気素子です。メモリスタは通過した電荷に応じて伝導度や抵抗値が変化する素子であり、シナプスとしての機能を受け持ちます。ニューロモーフィックデバイスでは、このメモリスタを多数繋げてアレイを構成し、AI処理を人の脳の信号のやり取りに近づけることで電力を下げることができます。
これまでのメモリスタ素子の課題
ニューロモーフィックデバイスとしては、これまでにReRAM*4やPCM*5などの電気素子がメモリスタとして検討されてきました。しかしながらこれらの素子では、メモリスタとしての応答性能が複雑で制御が困難であったり、時間と共に抵抗値がドリフトしてしまうなどといった課題がありました。このような特性は、素子をアナログで用いるニューロモーフィックデバイスへの利用には不向きであり、これを補うために回路やアルゴリズム的な補正手段が必要とされてきました。そのため、回路が複雑になったりリアルタイム学習が行えないなどの制限が発生しており、よりシナプスに適した素子の開発が引き続き求められてきました。
*4 ReRAM:抵抗変化型メモリ
*5 PCM:相変化型メモリ
TDKのスピンメモリスタの特徴と優位性
TDKの開発するスピンメモリスタは、TDKがこれまでに培ってきたHDDヘッドや磁気センサに持ちいられる磁気抵抗効果を利用した新たな原理に基づくメモリスタであり、磁石のもつデータ保持の良さとと制御性の良さをあわせもつ事が特徴です。これらの特性によって、低消費電力で動作可能なニューロモーフィックデバイスをより簡単な回路で実現することができると期待されます。また制御性が良いことを利用して、これまでの素子では困難であったクラウドを使わないチップ上でのAI学習も実現することができるようになります。現在TDKでは、このスピンメモリスタを用いたニューロモーフィックデバイスのチップレベルでの技術実証に向けた開発を進めています。
三端子型の磁気抵抗効果素子。上向きと下向きの磁化の境界(磁壁)を自由に動かせるフリー層、バリア層、磁化の向きが固定されたピン層の三層構成からなり、磁壁の位置に応じて抵抗値が変化する。書き込みは横方向に電流を流すこと、読み込みは縦方向に流すことで行う。
超低消費電力AIデバイスのひらく未来
AIを利用した高度な情報処理には膨大な計算資源とエネルギーが必要不可欠です。TDKのスピンメモリスタは、AIの消費電力を大幅に改善することで、AIの発展に伴う電力増大という社会課題を解決に挑戦します。また、スピンメモリスタの安定した特性を利用することで、チップ上でのAIの学習と推論の両方の機能を利用することができます。これは、特定の環境で学習したAIモデルを用いて人がAIに合わせて使用している現状から、環境に合わせ適応して変化するAIを実現できることを意味しています。TDKは、今後この技術とTDKのもつセンサ技術を融合することで、人や環境にあわせて常に最適な情報を提供できるスマートセンサを実現し、より人に寄り添うことができるAIデバイスを実現することで人々の生活向上に貢献します。本記事の技術により、お役立てできる案件がございましたら、ぜひお気軽にお問い合わせください。