ノイズ抑制シート "フレキシールド" IFLシリーズ
ノイズ抑制シート"フレキシールド"とは
スマートフォンやタブレットなどをはじめとする電子機器の小型・薄型・多機能化にともない、回路基板には多数の電子部品が高密度実装され、ICやケーブルなどから放射されるノイズの抑制が、ますます重要になっています。こうした放射ノイズは設計段階では予測困難で、製造段階になってから対策が求められることも多くなっています。
TDKのノイズ対策シート"フレキシールド"(以下、単にフレキシールドと表記します)は、軟磁性金属材料の微細な粉末(扁平状粉末)を樹脂に混合して、フレキシブルなシートに加工した電磁シールド材です。放射ノイズの発生源に貼ったり、放射ノイズの影響を受けやすい場所に貼ったりすることで、きわめて効果的なノイズ抑制効果を発揮します。打ち抜き、裁断が容易で、さまざまな形状に加工でき、またフレキシブルなので曲面やフレキシブルケーブル(FPC/FFC)などへの使用も可能です(図1)。
フレキシールドの構造
TDKのフレキシールドは図2に示すように、表面フィルム、軟磁性金属粉末を樹脂に混合した磁性シート、両面テープ、剥離ライナーからなります。製品形態はロールタイプとシートタイプがあり、厚さ0.025mm~0.2mmまでの各種製品をIFLシリーズとして提供しています。用途に応じて両面テープの有無もご選択いただけます。また、ノイズ抑制効果を大幅に高めた金属層付きの新製品、ハイブリッドタイプもラインアップに加わりました(後述)。
フレキシールドの主な特長と用途
フレキシールドの主な特長と用途を以下に列記します。
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《主な特長》
- ●高透磁率の軟磁性金属材料の採用により、すぐれた放射ノイズ抑制効果を発揮します。
- ●薄型のため、わずかな隙間にも装着可能です。
- ●フレキシブルなシートなので、衝撃などによって割れることがありません。
- ●形状加工性にすぐれ、多様な寸法・形状に対応可能です。
- ●量産・コスト削減に有利なロール形態でのご提供が可能です。
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《主な用途》
- ●ICのパッケージに貼ることで、ICからの放射ノイズを抑制できます。
- ●基板どうしや基板と部品をケーブルでつなぐ際、ケーブル表面に貼ることで放射ノイズが抑制できます。
- ●基板間に配置することで、一方の基板から発生した放射ノイズによる他方の基板に与える影響を低減できます。
- ●筐体に貼ることで、筐体内での内部干渉防止と、筐体から外に出る放射ノイズを抑制できます。
フレキシールドの原理
フレキシールドは放射ノイズのエネルギーを吸収して熱に変換することで放射ノイズによる影響を抑制します。その原理を以下に概説します。
フレキシールドによるノイズ抑制特性に大きく関わるのは、樹脂に混合される軟磁性金属材料の透磁率(μ)です。透磁率とは磁性体に磁界(H)を加えたときの磁束密度(B)の増加率のことです。つまり、透磁率は磁性体の磁束の通しやすさ(磁化のしやすさ)の指標で、次の式で表されます。
- μ=B/H
透磁率が高くて保磁力の小さい磁性体を軟磁性体といいます。交流磁界を加えると、磁化の向きを容易に反転するため、トランスコアなどとして多用されています。しかし、交流磁界の周波数が高くなると、磁界(H)の変化に対して磁束密度(B)の変化が追随できなくなり、位相の遅れが発生します。この位相の遅れをδとして、交流における磁性体の透磁率は、次の複素表示の式で表されます。
- μ=μ'-jμ''=|μ|cosδ-j|μ|sinδ
μ'を複素透磁率の実部、μ''を虚部といいます。δ=0の場合は直流の透磁率を表しますが、交流においては周波数が高まるにつれ、δも大きくなって透磁率は低下します。複素透磁率の実部μ'、虚部μ''、位相遅れδには次のような関係があります。
- μ''/μ'=tanδ
このtanδを損失係数といいます。トランスコアなどにおいてはtanδの数値が小さいほど、損失が少ないすぐれたコア材料であることを意味しますが、フレキシールドはこの損失を積極的に利用することでノイズを抑制します。図3は交流磁界を加えたときの透磁率-周波数特性の一般的な傾向を模式的に示したグラフです。周波数が低い領域では複素透磁率の実部μ'が支配的です。しかし、周波数が高まると磁界の変化に磁束密度の変化が追随できないようになり、ついには磁気共鳴(磁壁共鳴や回転磁化共鳴など)を起こして複素透磁率の実部μ'は'急減し、かわって虚部μ''が立ち上がるようになります。
IFLシリーズの透磁率-周波数特性
複素透磁率の実部μ'は磁束の集めやすさを表す数値で、アンテナなどに貼ると通信距離が延びるなどの効果があります。一方、虚部μ''は磁気損失項すなわちノイズ吸収効果の大きさを示す数値で、フレキシールドに含まれる軟磁性金属材料は、ノイズ成分をこの虚部透磁率によって吸収し、熱に変換して抑制します。このため、ノイズ抑制シートとしてのフレキシールドには、低周波から高周波までの広い周波数領域で、複素透磁率の虚部μ''が大きいことが求められます。ちなみに、ノイズ抑制用とは別タイプのフレキシールドとしてTDKが提供しているRFID用磁性シート(RFIDシステムのリーダ/ライタの受信感度改善用)では、使用周波数である13.56MHzにおいて、実部μ'が大きく虚部μ''が小さいことが求められます。このように用途に応じて、要求される特性は異なります。図5にノイズ抑制用フレキシールドIFLシリーズの透磁率-周波数特性を示します。
IFLシリーズの各種製品および磁性シートの厚み
ノイズ抑制シートの性能は、複素透磁率の虚部μ'と厚みの積で決まります。一般に高透磁率の材料ほど、複素透磁率の複素透磁率の虚部μ''も大きくなる傾向があります。したがって、ノイズ抑制シートの薄型化に応えるためには、より高透磁率の材料が求められます。
TDKのフレキシールドは薄型かつ高透磁率が特長で、2015年に量産を開始したIFL16では業界最高水準の高透磁率(μ=220、at 1MHz)を実現しました。また、厚みも従来製品IFL12と比較して、同等性能で約20%の薄型化を達成しました。IFLシリーズでは、磁性シートの厚みが0.025mm(25μm)~0.2mm(200μm)まで、多様な製品をラインアップしています(図5)。
フレキシールドの製法
ノイズ抑制シートの製法としては、軟磁性金属の粉末(扁平状粉末)と樹脂を混ぜた原料をカレンダーロールでプレスしてシート状にする乾式法と、軟磁性金属の粉末と樹脂、溶剤の混合液をフィルムに塗布(コーティング)する湿式法があります。TDKのフレキシールドIFLシリーズでは、磁気テープや光ディスク、電子部品などで培った塗布技術を生かした湿式法を採用しています。
塗布工法による湿式法は磁性シートの薄型化に適した製法ですが、軟磁性金属材料の微細な粉末を樹脂中に均一に分散し、シート面方向にそろえるには、きわめて高度な技術が求められます。磁性シートの断面構造の模式図を図6に示します。軟磁性金属の粉末のおのおのは樹脂に囲まれて絶縁状態を保つとともに、磁場配向によってシート面方向に層状に配列しています。
軟磁性金属の粉末の厚みも、磁性シートの特性に関係してきます。交流電流が流れる導体においては、周波数が高くなるにつれ、導体表面に電流が集中するようになります。これを表皮効果といい、電流が流れる深さのことを表皮深さといいます。前述したように、複素透磁率の虚部μ''は、磁性シートのノイズ吸収効果を表します。磁性シートに用いる軟磁性金属層片の厚みを表皮深さ以下にすると、虚部μ''の数値が大きくなります。このため、軟磁性金属層片の厚みや配向などを制御することで、目的に応じた透磁率-周波数特性の磁性シートが得られます。TDKのフレキシールドIFLシリーズでは、複素透磁率の実部μ'と虚部μ''を最適制御した独自の軟磁性金属材料とともに、すぐれた分散状態と配向状態により、薄型かつ高透磁率のノイズ抑制シートを実現しています。
新製品"金属層付きIFLシリーズ ハイブリッドタイプ
TDKが2016年に量産開始した金属層付きの新製品"ハイブリッドタイプ(磁性層+導電層)"をご紹介いたします。
ハイブリッドタイプは、従来製品の表面フィルムの部位を金属層とした新タイプのノイズ抑制シートです。
従来タイプのノイズ抑制シートでは、放射ノイズが磁性シートを通過する際、磁性シートがノイズを吸収するものの、吸収しきれないノイズが磁性シートを通過して外部に漏れてしまいます。
この問題を解決するのが新開発のIFLハイブリッドタイプです。図7に示すように、磁性シートで吸収しきれなかったノイズを金属層によって遮蔽(シールド)するとともに、金属層で反射したノイズを再び磁性シートで吸収します。つまり、入射したノイズを磁性シートの厚みの往路と復路で吸収するため、ノイズのエネルギーを大幅に低減することができます。多数の電子部品が高集積化したスマートフォンなどにおいて、筐体内の放射ノイズを減らすことができるので、いわゆる"自家中毒"問題の効果的なソリューションにもなります。
図8はIFLシリーズハイブリッドタイプの効果を示すため、DDRメモリを被試験機器(EUT)とした近傍磁界解析例です。
赤色がノイズレベルの高いエリア、青色が低いエリアを表しています。従来製品ではノイズが漏洩していますが、ハイブリッドタイプではほぼ完全に抑制されています。金属層のノイズ遮蔽効果がはっきり確認できます。