EPSモータ用で高シェア、回転センサや位置センサとしても期待
技術者インタビュー「TMR角度センサ」

TDKのTMR角度センサは、HDDヘッドで培った薄膜プロセス技術を応用展開して新開発した製品です。高感度・高精度・高安定性を特長とし、ホールセンサやレゾルバなどにかわる車載用センサとして注目を集めています。2016年には、「CEATEC AWARD 2016グリーンイノベーション部門」の準グランプリを受賞したのに続き、モノづくり日本会議と日刊工業新聞社が主催する「"超"モノづくり部品大賞」の自動車部品賞も受賞しました。さまざまな技術課題をクリアして製品化を達成した浅間テクノ工場の開発リーダーに、TMR角度センサ誕生に至るまでの技術エピソードを語ってもらいました。

TMR角度センサ
平林 啓 TDK(株) 磁気ヘッドビジネスカンパニー MRセンサ開発グループ 設計チームリーダー

平林 啓
TDK(株) 磁気ヘッドビジネスカンパニー
MRセンサ開発グループ
設計チームリーダー

酒井 正則 TDK(株) 磁気ヘッドビジネスカンパニー MRセンサオペレーション センサ開発グループリーダー

酒井 正則
TDK(株) 磁気ヘッドビジネスカンパニー
MRセンサオペレーション
センサ開発グループリーダー

「やるのなら、いちばん難しい技術に挑んでみよう」

――TMR角度センサの開発はいつから進められたのでしょうか。
酒井 開発がスタートしたのは2009年です。ATF(浅間テクノ工場)はHDDヘッドの世界的な生産拠点であり、その技術や設備を生かして、これからのビジネスの柱となるような製品を作れないかと、現社長である石黒さんと話していたところ、どうせやるのなら、いちばん難しい技術に跳んでみようということになりました。
オートモーティブはTDKの成長分野の1つです。そこで、HDDヘッドにおいて最先端の読み取り素子として採用されているTMR素子を磁気センサとして利用することで、車載用の角度センサを開発してみようと思ったのです。
平林 当時、私はHDDヘッドの設計に携わっていたのですが、いきなり声をかけられ、開発に参加させられてしまいました。現在、開発グループは、設計チーム、評価チームなどの複数のチームで構成され、グループ全体も大所帯となっていますが、当時は私を含めて、たった3人でした。
酒井 きわめて難しい技術領域にチャレンジするわけですから、優秀であることはもちろん、ちょっと枠から外れたようなユニークな人材を探していたのです。HDDヘッド製造の第一線における彼の仕事ぶりも見ており、設計チームを率いるリーダーとして、まさにうってつけと狙いをつけたのです。

平林啓・酒井正則

――平林さんからみた酒井さんは、どんな技術者ですか?
平林 TMR角度センサの開発はゼロからのスタートでした。勇気をもった一歩が踏み出せるかどうかが、新製品開発の成否の鍵となります。酒井さんは、慎重でありながら大胆な面があり、グループリーダーとしてTMR角度センサの開発の道筋を切り拓き、製品化へとつながったのだと思います。
――HDDヘッドのTMR素子の技術を、そのまま転用できたのでしょうか。
酒井 薄膜プロセス技術により素子をつくりこむところはHDDヘッドと同様ですが、製品コンセプトはHDDヘッドと根本的に異なります。また、車載用ですから、低温から高温までの広い温度範囲で、安定した特性を確保できなければなりません。
――具体的にどんなところが難しかったのでしょう?
平林 ウエハプロセスは半導体デバイスの製造と同じくらいの多くの工程が必要で、時間も要します。また、センサ素子ができても、回路への組み込み、ICとのアセンブリ、パッケージングなど、解決しなければならない技術課題が山積していました。開発で苦労したのは、どのような点かとは、よく聞かれるのですが、あまりにたくさんありすぎて、とてもかいつまんでは言えません。ただ、生まれつき好奇心が旺盛なのが取り得ですので、試行錯誤を重ねながら、課題を一つひとつクリアしていき、数年を経てようやくめどがつき、2014年に量産化の運びとなりました。

「なかなか壊れてくれなくて、逆に困りました」

――MR(磁気抵抗効果)素子を利用したセンサは従来からありますが、TDKのTMR角度センサの特長は何でしょう?
酒井 何よりもまず、出力がきわめて高いことです。TMRセンサはトンネル磁気抵抗効果(TMR)を利用した磁気センサで、素子の抵抗変化の割合を表すMR比は、AMR素子においては3%、GMR素子においては12%程度であるのに対して、TMR素子では100%にも及びます。このため、AMRセンサの20倍、GMRセンサの8倍もある高い出力が得られます。また、角度精度にもすぐれ、温度ドリフト・経年変化の少ない高安定性も特長です。これは車載用センサとして重要な特性です。
平林 車載用センサの故障は、甚大な自動車事故にもつながるため、信頼性試験は特に徹底的に繰り返しました。私どものお客様は、主に自動車メーカーに部品を納入するTier1(ティアワン)メーカーです。Tier1メーカーにしてみれば、センサにかぎらず車載電子部品は、どのように壊れるのかをきちんと把握して使いたいわけです。ところが、TMR角度センサは、熱衝撃試験や温度サイクル試験など、規定をはるかに超える過酷な条件で実施しても、なかなか壊れてくれなくて、逆に困りました。

酒井正則
エンジンルームで使用される電子部品は、125℃~150℃の高温対応が要求されます。ところが、試験温度を170℃に上げても異常が出ず、さらに200℃以上に高めて、パッケージの樹脂が変形したり、リードのめっきが剥がれたりするというような事態になっても、センサ素子のほうはまったく問題が生じなかったのです。
酒井 100サイクルの温度サイクル試験を1000サイクルにしても壊れず、8000サイクルまで増やして、ようやく故障したと喜んだら、パッケージの樹脂にクラックが入ったための単なるワイヤの断線で、拍子抜けしたこともあります。とにかくセンサ素子は驚異的なほど堅牢です。

――車載用センサとして、実際に、どのような箇所に採用されているのでしょうか?
酒井 まずEPS(電動パワーステアリング)モータの角度センサ用して営業を始めましたが、お客様からの引き合いも多く、量産化を初めて数年にして、沢山のお問い合わせをいただいています。
回転センサとしても活用できます。たとえばABSでは車輪のスリップ率を計測して、ブレーキ圧力を調整しますが、そのための車輪速度センサとして、ホール素子やMR素子の回転センサが使われています。車輪速度センサは、車輪の回転速度を検出するセンサですが、TMR角度センサはその置き換えを可能にします。ワイパやパワーミラー、オートエアコンなど、自動車には多数のDCモータが搭載されています。TMR角度センサは小型・低消費電力という特長も生かして活用されていくことでしょう。また、きわめて高精度なので、角度の検出だけでなく、位置(ポジション)センサとしての応用も期待できます。
もちろん、すべてがTMRセンサに置き換わるわけではありません。センサの性能と価格はトレードオフの関係にあります。高い精度が要求される用途ではTMRセンサ、それほど精度が要求されない用途では他のセンサなど、適材適所で使い分けが進むのではないでしょうか。

「チャレンジャブルなことを自由にやらせてくれる気風」

――今後のセンサビジネスの取り組みについて聞かせてください。

平林啓
平林 TMR角度センサは高感度・高精度を特長としますが、これを十分に生かし切れていないお客様もあり、最適なICと組み合わせたソリューションも提案するなど、お客様にとってのユーティリティや使いやすさを追求したビジネスを展開したいと思っています。
酒井 車載用センサばかりでなく、小型・軽量で低消費電力という特長を生かして、ウェアラブル機器やIoT分野などでのアプリケーションも開拓していきたいですね。
――画期的なTMR角度センサを誕生させたTDKのテクノロジーの源泉はどこにあるのでしょう?
酒井 TDKがHDD用の薄膜磁気ヘッドの開発に着手したのは1980年代。ライバル他社が多数存在し、熾烈な技術開発競争が展開されていました。
薄膜磁気ヘッドには半導体デバイスの製造と同様の高度な薄膜プロセス技術とともに、磁性材料技術や評価・シミュレーション技術など、総合的な技術力が要求されます。ライバル他社が次々と撤退、淘汰されていく中で、TDKはAMRヘッド、GMRヘッド、TMRヘッドと、最先端のHDDヘッドを製品化して生き残り、世界屈指のHDDヘッドメーカーとして発展を遂げました。これは創業以来、製造現場に受け継がれてきた不屈の技術者スピリットと、コアテクノロジーに支えられた開発力があったからこそと思います。
平林 それとともに、特にATF(浅間テクノ工場)には、チャレンジャブルなことについては、何でも自由にやらせてくれる気風があります。設備も人材も豊富にそろっており、薄膜プロセス技術を生かした各種センサの開発拠点として、これから大きく成長していくと思います。

【TMR角度センサ】
TMR角度センサは、ナノメータオーダーの薄い絶縁体のバリア層を2層の強磁性体層(フリー層/ピン層)ではさんだ構造です。ピン層の磁化の向きは固定していますが、フリー層の磁化の向きは、外部磁界方向に応じて変化し、それにつれて素子の電気抵抗も変化します。これを利用することで、きわめて高出力・高精度・高安定性のTMR角度センサを実現しました。

TMR素子による角度センサの原理
TMR角度センサ
TMR角度センサ