新フェライト材の採用によりNFC回路に最適な特性を実現
世界的に急速な普及が予測されるNFC搭載機器
NFCは今から10年以上前から検討されてきた機能で、近年、世界的に急拡大しています。日本国内ではすでに、おサイフケータイや電子マネー、駅改札の支払いなどの非接触ICカードがかなり普及していますが、これらもNFC機能の一部です。世界的にはこれからNFC機能を活用した多様な用途が拡大すると考えられており、NFC搭載機器もさらに増えていくと予想されています。
図1にNFCの代表的回路の概略図を示します。アンテナとコントロールICとの間に、コイルとコンデンサによるLCフィルタ回路が挿入された構成となっています。
インピーダンスマッチングにも影響があるため、コイルのインダクタンスとコンデンサの静電容量のばらつきが小さいものが必須とされ、コイルには狭公差(インダクタンス値±5%以内)およびリフロー通炉や電流通電を行っても特性が安定していることが要求されます。また、通信周波数帯13.56MHzでの損失(ロス)が低いことが要求されるためHigh-Qも必要とされます。そこで、TDKではこのような要求特性にマッチした積層フェライトコイルMLJ1608シリーズを新開発しました。
MLJ1608シリーズはNFC回路が要求する特性に最適設計されたコイルです。また、70MHz程度までHigh-Qを保つため、信号ラインで低ロス効果を発揮するとともに、直流重畳特性が大幅に改善されているため電源ラインの対策にも使用できます。既存製品を大きく上回るMLJ1608シリーズのすぐれた特性について以下にご紹介します。
図1 NFCの概略回路図
新開発の低損失フェライト材により低ロス特性を実現
NFC回路には通信時に交流信号が流れますが、フェライトコイルに交流信号が流れると、渦電流損失、ヒステリシス損失、残留損失などのコア損失(コアロス)が発生します。一般にフェライト材の特性はB-Hカーブで表されますが、交流電流振幅の範囲においてもマイナーループと呼ばれる小さなB-Hカーブが発生します。このマイナーループの大きさがコアロスにつながります。図2に示すように、既存フェライト材は残留磁束密度が大きくマイナーループが大きくなります。一方、新開発のフェライト材は残留磁束密度が小さくマイナーループも小さくなります。MLJシリーズはこの低損失フェライト材を使用することでコアロスを大幅に抑え、既存MLFシリーズや巻線コイル製品を上回る低ロス特性を実現しています(図3)。低ロス特性は、通信特性の向上や低消費電力化に寄与します。
図2 既存フェライト材と低損失フェライト材のB-Hカーブの比較(モデル図)
図3 既存製品とMLJ1608シリーズのパワーロスの比較
直流重畳特性も大幅に改善
従来のNFC用コントロールICは、通信時にわずかな電流しか必要としないICが主流だったので、コイルには既存MLF1608シリーズがリファレンスコイルとして採用されていました。しかし、近年は無線LANやBluetoothなどの機能をあわせもった、通信時に大電流を必要とするICも増えてきており、MLF1608シリーズでは定格電流が足りなくなりました。
MLJシリーズは新規に開発した低損失大電流対応フェライト材を使用しています。このフェライト材は従来のMLFシリーズで使用していた材料と同等の性能を保ちつつ、直流重畳特性を2倍以上も改善したフェライト材です。この特性改善によってMLJ1608シリーズは1サイズ大きい製品であるMLF2012形状を超える定格電流を実現できています。
このため、NFC回路には通信時に約100mA~300mA程度の交流電流が流れますが、この電流領域においては巻線タイプのコイルと同等の性能を示します(図4)。
図4 既存製品とMLJ1608シリーズの直流重畳特性の比較
Q特性は電流通電状態の値が重要
NFCは13.56MHzの周波数で通信するため、この周波数帯でHigh-Qのコイルが望まれます。一般にQ特性はカタログに記載されていて、定格電流内で使用するのには問題ありませんが、NFC回路の場合は最大300mA程度の電流が流れるため、一般的な信号系の積層フェライトコイルを使用した場合はQ特性が低下します。したがって、NFC回路では電流通電状態でのQ特性が重要になりますが、図5に示すように、MLJシリーズは電流通電してもQ特性の低下カーブがきわめてゆるやかで、NFC回路に流れる電流帯では巻線コイル製品以上の特性が確保できています。
図5 既存製品とMLJシリーズにおける電流通電状態でのQ特性比較
磁気シールド構造により搭載位置を自由に設計可能
近年、スマートフォンなどの電子機器は、高機能化とともに電子部品の実装密度が上がり、部品搭載位置の自由度が低くなってきています。また、磁束が漏れやすいタイプのコイルは、部品搭載位置によっては磁気結合を発生させ、特性変動を引き起こす可能性もあります。
MLJシリーズは既存MLFシリーズと同様に磁気シールド構造を採用しており、高密度実装が可能で部品搭載位置を気にする必要がありません。
図6 積層コイルと巻線コイルの漏れ磁束比較
通信特性の比較結果
MLJシリーズはコイルとしての各特性にすぐれるばかりでなく、NFC用としてもきわめて良好な通信特性を示します。NFCフォーラム(NFCの技術仕様やテスト仕様を策定している業界団体)のテストでは、3軸方向に対して5mm間隔で測定点(図7の緑色の点)があります。図8は、Z=5mmにおける横方向、縦方向の電圧の比較と、 NFCフォーラムの測定範囲からは外れますが、基準マーク上10mmまでの電圧(参考値)を比較した結果です。
3.14Vの線はこのテストにおける要求電圧で、電圧が高いほどNFCの通信特性が良好になります。MLJシリーズはここでも巻線コイルを上回る電圧を確保できています。
このように、MLJシリーズは巻線コイル以上の特性を有したNFC回路に最適設計された製品です。
図7 NFCフォーラムの通信特性の評価方法概要
図8 通信特性比較
おわりに
MLJシリーズの重要ポイントは新規開発した低損失フェライト材です。TDKには巻線コイルに負けない特性を実現できる材料開発技術があります。MLJシリーズ用に開発したフェライト材は非常に画期的な材料です。今後もこのようなすばらしいフェライト材を使用した新製品を世の中に送り出していきたいと考えます。
主な特長・用途・仕様・電気的特性
主な特長
- 新開発のフェライト材による大電流対応
- 高精度の積層による狭公差対応
- 低損失材の採用により高周波Lossを大幅に低減
主な用途
- スマートフォン、PCなどのNFC回路、各種電子機器の電源ライン
主な仕様
タイプ | 温度範囲 | 梱包数量(個/ リール) | 単重量(mg) | |
---|---|---|---|---|
動作温度(ºC) | 保存温度(ºC)* | |||
MLJ1608 | –55 to +125 | –55 to +125 | 4,000 | 4 |
* 保存温度範囲は基板実装後を示します。
主な電気的特性
L | Q | L、Q測定条件 | 自己共振周波数 | 直流抵抗 | 定格電流 | 品番* | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
周波数 | 電流 | Idc-1 | Idc-1 | Idc-2 | |||||||
(nH) | 許容差 | min. | (MHz) | (mA) | (MHz)min. | (MHz)typ. | (Ω) | (mA)typ. | (mA)max. | (mA)max. | |
160 | ±5%±10% | 25 | 25 | 1.0 | 330 | 450 | 0.12±30% | 750 | 600 | 700 | MLJ1608WR16△T000 |
220 | ±5%±10% | 25 | 25 | 1.0 | 290 | 400 | 0.20±30% | 700 | 550 | 600 | MLJ1608WR22△T000 |
270 | ±5%±10% | 25 | 25 | 1.0 | 260 | 350 | 0.22±30% | 650 | 550 | 550 | MLJ1608WR27△T000 |
330 | ±5%±10% | 25 | 25 | 1.0 | 230 | 320 | 0.24±30% | 650 | 500 | 500 | MLJ1608WR33△T000 |
390 | ±5%±10% | 25 | 25 | 1.0 | 210 | 290 | 0.28±30% | 600 | 450 | 450 | MLJ1608WR39△T000 |
470 | ±5%±10% | 25 | 25 | 1.0 | 190 | 260 | 0.38±30% | 600 | 400 | 400 | MLJ1608WR47△T000 |
560 | ±5%±10% | 25 | 25 | 1.0 | 170 | 230 | 0.40±30% | 550 | 400 | 400 | MLJ1608WR56△T000 |
* 品番中の△には、インダクタンス許容差記号:J(± 5%)、K(± 10%)が入ります。