間違ったESD(静電気)対策部品の選定によるモードコンバージョン特性やEMI特性の悪化
本記事では、実際に静電気対策部品がEMC性能を悪化させる事例とTDKのソリューションをご紹介いたします。
目次
- 導入 ― ESD(静電気)の対策とEMC性能への影響
- 実例について
- モードコンバージョン特性(Ssd12)の検証
- 伝導エミッション試験での検証 - 結論 ― ESD(静電気)対策部品(チップバリスタ)選びが重要
- お問い合わせ
導入 ― ESD(静電気)の対策とEMC性能への影響
ESD(静電気)は電子機器の誤動作や故障の原因となるため対策が必要になります。一般的に静電気対策には、バリスタ等の静電気対策部品を用いて対策を行っており、図1のように保護対象となるIC等のラインとGND間に使用されます。静電気対策部品の役目は、ESDのような高電圧が加わった際に低抵抗となり、GNDにESDを流すことでIC等を保護しています。しかし、ライン上に直接部品を実装しているため、適切な静電気対策部品を選定しなければ定常時にもライン上の信号に影響を与えてしまいます。例としては、車載通信のCAN(Controller Area Network)、車載Ethernetのような高速通信かつ差動信号のような通信ラインがあります。これらには影響が顕著に表れる場合があり、通信品質を悪化させるだけではなく、最悪の場合にはEMC性能へも影響を与える場合があります。
実例について
前項でご紹介した通り、適切な静電気対策部品を使用しなければ信号品質の劣化やEMC性能の悪化として影響が現れます。特に差動信号ラインにおいては図2のように、High側とLow側に静電気対策部品を使用することになりますが、この際、それぞれのラインで使用されている静電気対策部品の静電容量による差によって各ラインのインピーダンスの対称性が悪くなり、モードコンバージョン特性が悪化することがあります。また、モードコンバージョン特性が悪化することにより、EMC性能が悪化する可能性もあります。
以下で実際の評価データを示しながら、静電気対策部品がMixed-mode S-parameterとCAN通信における伝導EMI試験(150Ω法)へ与える影響についてご紹介いたします。
(C1:+側のESD保護素子の静電容量、C2:-側のESD保護素子の静電容量)
• モードコンバージョン特性(Ssd12)
図3は実際にモードコンバージョン(モード変換)特性(Ssd12)を測定した評価結果になります。こちらのモードコンバージョン特性は一般的な4ポートでの測定ではなく、図4のような3ポートでのモードコンバージョン特性評価になります。3ポートでの評価になりますが、4ポートと同様にモードコンバージョン特性を評価することができる評価になっています。縦軸はモードコンバージョン特性(Ssd12)を表しており、横軸は周波数を表しています。プロットされたデータはそれぞれ静電気対策部品のライン間の静電容量差別のデータとなっています。このSsd12は値が大きくなるほど特性が悪いというパラメータになっており、値が大きい程ノイズ(コモンモード)が通信信号成分(ディファレンシャルモード)に変換される、もしくはその逆となります。(詳細はAppendix参照)
グラフを見てみると静電気対策部品のライン間静電容量(ΔC)が大きくなるにしたがってSsd12が悪化していくことが見て取れます。
参考のためにCAN向けCMC(Common Mode Choke Coil)規格であるIEC62228-3におけるSsd12のリミットラインも記載しています。ΔC=2.7pF以上になると、ClassⅠの規格線を満足しなくなります。
このようにΔCが大きくなるとモードコンバージョン特性が実際に悪化することが分かりました。
• 伝導EMI試験(150Ω法)
次に静電気対策部品によりモードコンバージョン特性が悪化した際に、実際にEMC性能が悪化する例として伝導エミッション試験(150Ω法)の結果をご紹介いたします。
伝導エミッション試験とは、信号ライン上の伝導ノイズをEMIテストレシーバーにて直接測定するような試験となっています。本測定では、CANを想定した評価ボードにて測定されており、図5(伝導エミッション試験の評価回路図)のような評価回路となっています。
静電気対策部品については一般的なCAN向けバリスタとTDKのCAN向け2in1アレイバリスタ(AVRH16A2C270KT200NA8)を使用して評価を実施しました。このAVRH16A2C270KT200NA8は、シングルライン向けバリスタ2つが1つになった2in1パッケージとなっており、1チップで差動信号ライン1組を保護することができます。また、2in1タイプのメリットの1つとしてライン間の容量差を抑えることがあげられ、結果としてモードコンバージョン特性がシングルライン向けのバリスタよりも良い特性となります。
実際の評価結果は図6のようになります。
縦軸がノイズのレベル、横軸が周波数を表しています。また、オレンジのデータはシングルバリスタにおけるカタログスペック値のワーストケースであるライン間静電容量差が13pF(ΔC=13pF)の場合を表しており、青色のデータはAVRH16A2C270KT200NA8におけるワーストケースであるライン間容量差が1pF(ΔC=1pF)の場合を表しています。参考としてIEC61967-4におけるclassⅢの規格線を記載しています。
シングルバリスタについては低周波から高周波まで規格線を超えてしまっている一方、アレイタイプバリスタについては規格線内に収まっています。また、全体的にみてもアレイタイプバリスタの方が、ノイズレベルが小さく抑えられています。
このようにモードコンバージョン特性が悪い場合は、バリスタが働いていない定常状態において、EMC特性を悪化させる可能性があります。
結論 ― ESD(静電気)対策部品(チップバリスタ)選びが重要
本記事では、ESD対策部品によってモードコンバージョン特性が悪くなること、実際にEMC試験でも結果が悪くなってしまうことをご紹介しました。
このように、ESD対策部品は静電気の対策のための部品ですが、間違った部品の選定をしてしまうとEMC性能の悪影響を与えてしまいます。特に近年の車載通信ラインではモードコンバージョン特性が重要視されてきており、ESD対策部品にも良好なモードコンバージョン特性が求められます。
TDKの車載通信向けバリスタはESD特性だけでなく、モードコンバージョン特性についても考慮されて設計されています。そのため、一般的なバリスタよりも、よりEMC性能を悪化させることなくご使用頂くことができます。
その他、ESD対策部品ついてお聞きしたいことがありましたら、お気軽にお問い合わせください。
品番をクリックすると製品詳細ご覧になれます。
品番 | 製品形状 | L× W 寸法 | バリスタ電圧 1mA |
静電容量 1 kHz |
Ch1-Ch2 静電容量差 | ESD耐量 150pF, 330Ω contact |
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AVRH16A2C270KT200NA8 | 2 in 1 array | 1.6mm × 0.8mm EIA0603 |
27 V | 20 pF typ. | 1 pF max. | 25 kV |
品番 | 製品形状 | L× W 寸法 | バリスタ電圧 1mA |
静電容量 1 kHz |
静電容量公差 | ESD耐量 150pF, 330Ω contact |
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AVRH10C101KT4R7YA8 | Single | 1.0mm x 0.5mm EIA0402 |
115 V | 4.7 pF typ. | ±0.57. | 25 kV |
AVRH10C101KT1R2YE8 | Single | 1.0mm x 0.5mm EIA0402 |
110 V | 1.23 pF typ. | ±0.13. | 8 kV |
AVRH10C221KT1R5YA8 | Single | 1.0mm x 0.5mm EIA0402 |
220 V | 1.5 pF typ. | ±0.13. | 25 kV |
モードコンバージョン(モード変換)特性とは?
差動通信信号はディファレンシャルモードと言われる伝導モードで流れ、ノイズはコモンモードと言われる伝導モードで流れます。時折、差動通信ラインで使用される電子部品の影響により、この伝導モードがディファレンシャルモードからコモンモード、もしくはコモンモードからディファレンシャルモードに変換されることがあります。この伝導モードの変換のことをモードコンバージョンと言います。伝導モードの変換(モードコンバージョン)により差動信号がノイズに変換される、もしくはノイズが差動信号に変換されることになり、結果としてECU自体のノイズ耐性が悪くなります。その結果、ECUの動作不良や、ECU自体がノイズを出してしまうことになります。これらを引き起こす電子部品の影響は、一般的に差動信号ラインの非対称性に起因します。非対称性とはつまり、インダクタンスや静電容量の差といった特性です。